産業理学療法士とは、産業保健分野で活躍する理学療法士(PT)のことを指します。病院や施設で病気や怪我に悩む患者・利用者さんに対しリハビリテーションを提供するために働くPTとは異なり、企業などで働く人々の健康と安全を守るために働くことが目的となります。

近年、人的資本経営や健康経営が急速に普及しており、人材、つまり従業員に投資をする企業が増加しています。この動きに伴い、労働者の心身のケアにPTが参画する機会も増えているため、PTの新しい職域としても産業理学療法に注目が集まっています。

今回は産業理学療法に興味のある人に向けて、産業理学療法士として求められる役割、必要なスキルや資格、キャリアの考え方などをまとめていますので、是非最後まで読んでみてください!

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1. 産業理学療法士とは?

まずは産業理学療法の定義や役割、仕事内容について具体的に紹介していきます。

産業理学療法の定義

日本理学療法学会連合の日本産業理学療法研究会によると、産業理学療法は以下のように定義されています。

理学療法士が、産業医学を基礎に専門的知識を生かして、働く人々の心身機能の維持・改善に努め、健康で安全に働くことができる快適な職場環境の形成と労働生産性の向上を促進する活動である。

日本産業理学療法研究会「「産業保健理学療法の定義」について」

上記のように、産業理学療法の対象は働く人々であり、入院中の患者さんや介護保険等を利用している高齢者の方とは異なってきます。働く人々と言っても場合によっては働きながら疾病や怪我を抱えている方も含まれてきますのでその対象は多岐に渡ると言えるでしょう。

産業理学療法士の仕事内容と活躍の場

産業理学療法士としての仕事内容については、産業理学療法研究会が発表している資料の中でも触れられており、その具体例が挙げられています。

いくつか取り上げると、労働者の心身機能の評価や作業内容・作業環境の評価をもとに安全で健康に働ける作業環境の調整(作業環境管理)、対象者の体に合った作業方法の提案(作業管理)、腰痛予防・転倒予防、生活習慣病予防、治療と仕事の両立支援、メンタルヘルスケア、企業等の健康経営®︎や持続的な活動の支援などがその範疇です。
  
上記に関わる業務を産業医や産業保健師、企業の労働衛生・健康増進担当者の方と協働して進めていくことが産業理学療法士としての仕事と言えるでしょう。

活躍の場としては一般企業をはじめ、健診機能を持った医療機関、全国にある産業保健総合支援センターや公的機関が挙げられます。

一般企業においては所属企業の従業員が健康に働けるような施策を企画・実践したり、セミナーを開催したりといった業務がメインになってくるでしょう。産業保健総合支援センターなどに所属すると、管轄地域の企業や産業保健職へ向けたセミナーや労働環境の整備や腰痛予防の指導等を目的とした企業への出張依頼などを担当することになるようです。

また、産業保健や健康経営®︎を支援する事業を立ち上げて起業をしたり、フリーランスで活動したりする理学療法士(PT)も増えてきています。
※健康経営®︎はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。
(出典:日本産業理学療法研究会 産業理学療法の定義

2.産業理学療法士になるには?

こちらの章では産業理学療法士になるために必要な事柄について紹介していきます。

理学療法士資格の取得

産業理学療法士として活動するためには、その基となる理学療法士(PT)の資格を取得することは必須になってきます。

PTの資格を取るためには、専門学校や大学などの養成校に通い、所定の単位を修めた上で国家試験に合格する必要があります。

PTの資格取得については下記記事にて詳細に紹介していますので、ぜひご一読ください。
理学療法士(PT)になるには最短3年!必要な資格の取り方や学校選びのポイントを解説!
理学療法士(PT)の国家試験!受験資格・合格率・難易度など

産業理学療法の実践に必要な知識を身につける

産業理学療法士として実際の現場で働くためには、産業保健に関する幅広い知識を身につけることが必要となります。元々PTの守備範囲でもある腰痛予防や生活習慣病予防に関する知識などに加え、産業保健に関する法規や産業医や産業保健師の役割、健康経営®︎や人間工学(エルゴノミクス)、場合によっては労務や人事についての法律なども把握する必要がでてきます。

しかし、知識を身につける前に、産業理学療法士として社会や企業に何を求められていて、そこに対して自分がどのように貢献できるかを把握できると、実際の活動に対するイメージつきやすいと思います。産業理学療法研究会が開催している研修会や学術大会に参加して産業理学療法の実践例などに触れることから始めても良いでしょう。

また、すでに産業理学療法を実践しているロールモデルとなるようなPTを見つけて、実際に会って話を聞いてみるのも産業理学療法士への近道になると思います。
(出典:産業理学療法研究会 学術大会

実務経験や実績を積み上げる

産業理学療法士の対象は働く人が主になってくるため、その主戦場は保険外領域になることは想像に難くないと思います。つまり、産業理学療法士として生計を立てるためには一般企業や公的機関と契約を結んで報酬を獲得しなければなりません。

この場合、顧客は企業や公的機関になるので、自分を売り込む営業活動も必要になってきます。しかし、いくら営業活動をしても実務経験や実績が無い場合は話さえ聞いてもらえないことがほとんどです。

そこで、産業理学療法士として活動する前に、ある程度の実績を作っておくことも必要です。例えば“日本理学療法士協会が主催している腰痛予防事業に自身の所属機関で取り組み、それを外部発信して近隣施設などに導入する”あるいは“自身が所属する施設や企業の健康経営®︎を推進し、一定の成果を上げる”など、まずは身近なところから取り組みを始めることも実務経験を積む一つの手段です。

簡単に紹介しましたが、産業理学療法士を目指す場合、産業保健領域でPTがどのような役割を求められているか、自分だったらどのような形で貢献できるか、自身の現状で貢献できそうにないのであれば何をすることが必要かということを段階的に理解することが必要となってくるでしょう。
(出典:日本理学療法士協会職能事業 腰痛予防宣言

3.産業理学療法士に必要なスキルと向いている人とは?

産業理学療法士として働くためにどのようなスキルや知識が必要になってくるのでしょうか。こちらの章でまとめたので一緒にみていきましょう。

職場環境や労働条件など産業保健活動に関する理解

何度もお伝えしていますが、産業理学療法の対象になるのは一般企業等に勤めている労働者です。例えば、あるクライアントから従業員の転倒予防に関するセミナーを依頼されたとしましょう。

理学療法士(PT)が病院や地域の介護予防事業などで伝えている転倒予防の事柄をそのまま話しても、ほとんどの対象者には響きません。その内容を実践するのは普段忙しく働く従業員で、実践する場は自宅ではなく職場だからです。職場はあくまで働く場所ですから、いくら予防のためとはいえ運動できる時間や導入できるリソースも限られてきます。

同じテーマのセミナーでも実際の現場に即した内容にフィットさせなければ、評価を得ることは難しいでしょう。そのためには、職場風土や職場の環境、就業規則など企業側の事情をしっかり汲み取るという産業保健の基本的な考え方を把握しておく必要があります。

クライアントが抱える問題点を分析し解決策を提案する力

こちらも産業理学療法を実践する上で非常に重要なスキルになってきます。例えば“現場で腰痛を訴える人が増えてきているからなんとかしたい”というクライアントがいたとします。

この場合「どのくらい腰痛を訴える人がいるのか」「なぜそのような状態になっているのか」など可能な限り具体的な現状と要因について様々な角度から分析する必要があるでしょう。そして、その要因に対する解決策を提示し、施策を実行していくというのが産業理学療法の一つの実践例になります。このように、現状や原因を分析する力とそれを相手が理解しやすい形で提示し、実行に移していく力が求められます。

さらに、施策を実行した効果の判定を行い、結果をフィードバックするところまで行えるとクライアントの満足度も高まり、継続した仕事の依頼に繋がりやすいです。時には統計学的な手法に頼らなければならないこともあるでしょうから、数字を扱える能力も身につける必要があると言えるでしょう。

意思決定者とのコミュニケーション能力

産業理学療法を実践する際に、現場で働く従業員の方とコミュニケーションをとることはもちろんあるのですが、実際にこちらが提案する施策やサービスを導入するかどうかの意思決定をするのは部長クラスの役職者や経営者の方になることがほとんどです。

こちらの提案をしっかり実践してもらうためには、相手が行動を起こしたいという気持ちになるような提案の仕方が重要になってきます。普段の臨床では触れる機会が無いビジネスマナーも含めたコミュニケーション能力が求められます。

ここまで紹介したように、産業理学療法を実践する上では病院や施設での臨床場面では経験することのないようなスキルが求められることも増えてきます。施策の理由づけとして必要な解剖学や運動学などの医療知識はもちろんのこと、ビジネス場面で重宝されるようなコミュニケーションスキルなどを学んでおくことも重要です。

4.産業理学療法士の活躍の場と将来性・魅力と課題

ここまでは産業理学療法士の役割や業務、活躍するために必要なことについてみてきました。こちらの章ではその将来性や魅力、課題について紹介していきます。

産業理学療法士の将来性や魅力

産業理学療法士の将来性や魅力についてみていきましょう。

理学療法士(PT)の価値を提供できる新しい職域としての可能性

働き方の多様化により、従業員に対して企業が様々な健康施策を展開するようになった昨今、PTが貢献できる可能性のある施策も散見されるようになってきています。

記事にも何度が登場していますが、腰痛予防や転倒予防、肩こりなどの慢性痛やメンタルヘルスに対する施策には、臨床で培ってきたPTとしての経験や知識が活かせる可能性があり、このような施策を展開する企業も増えてきています。

上記内容の施策に関与する形でPTと企業が専属契約を締結したり、スポットコンサルとして報酬を得たりすることで、病院や施設で働く以外の収入源を確保することも可能です。また、起業することでより自由度の高い働き方を実現することも実現できます。

保険診療外でPTが価値提供できる領域として産業理学療法はこれからも発展していく可能性を大いに秘めています。

働く人々の病気や怪我の予防を通して社会課題の解決に関われるやりがい

病院や施設で患者さんに関わっていると“どうしてもっと早く受診できなかったのだろう”“もっと早くから介入できていれば”という気持ちになることも少なくないと思います。

普段PTとして働いている中で頭をよぎるこのような気持ちに対する解決策を実行できるのも産業理学療法士の魅力の一つです。企業や公的機関の担当者と一緒に施策を展開し、多くの方々が病気や怪我に苦しむことなく長く健康に働けるような環境を築くことに関われるとしたら、PTとしてもやりがいを感じるのではないでしょうか。

このように現代社会の課題解決に寄与できる可能性があるのも産業理学療法士の仕事の醍醐味の一つだと考えられます。

産業理学療法士の課題

産業理学療法士の課題についてみていきましょう。

産業理学療法士の認知度の低さ

2024年に公表された産業保健・健康経営における課題と理学療法士活躍の可能性に関する調査事業報告書」では、産業医及び企業の人事労務担当者に産業保健活動と多職種連携についてのアンケート調査が行われています。

その結果、肩こりや腰痛などの筋骨格系障害や高齢労働者の転倒予防などについて、外部の専門家と連携したいという回答が多数得られているものの、PTが活躍していることを把握しているという回答は全体の3割程度に留まっていました。

このように、PTの専門知識に対し需要は高まりつつあるものの、まだまだ認知されていないという現状があり、産業保健領域で活躍したい場合は積極的にアピールをしていく必要があるでしょう。
(出典:産業保健・健康経営における課題と理学療法士活躍の可能性に関する調査事業報告書」

産業理学療法を体系的に学ぶことができる環境の乏しさ

すでに理学療法士免許をお持ちの方は学生時代を振り返っていただきたいのですが、運動器理学療法、呼吸理学療法などの講義科目と並行して、産業理学療法という講義科目の授業を受けた方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。

先に挙げた産業保健・健康経営における課題と理学療法士活躍の可能性に関する調査事業報告書」の中で約2500名のPTにもアンケート調査が行われており、産業保健に関する体系的な学習経験を持っているかという質問に対し、「はい」と答えたPTは全体の10%程度であったという結果になっています。

産業保健や産業理学療法、またはその実践に必要な知識を学べる環境は十分に整備されておらず、産業理学療法士として活躍したい場合は、自ら適切な情報を掴みに動き、主体的に学んでいく必要があるというのが現状です。
(出典:産業保健・健康経営における課題と理学療法士活躍の可能性に関する調査事業報告書」

5.産業理学療法を実践する上で持っていると役立つ資格

ここまで読んでいただけると、産業理学療法士として活躍するために、どんなことから始めたら良いかイメージがついてきたと言う方もいるのではないでしょうか。

こちらの章では産業理学療法士として活動の幅を広げてくれるような資格を紹介させていただきます。是非参考にしてみてください。

第一種衛生管理者

従業員の健康障害や労働災害防止のための活動を行う存在であり、労働安全衛生法で定められた国家資格です。従業員が50人以上の事業場では必ず衛生管理者を選任しなければならず、この資格を持っているとどんな職場でも衛生管理者になることができます。

資格取得を目指す過程で労働基準法や労働衛生法について広く学ぶことができ、現場での仕事に活かすことができるでしょう。各地の産業保健総合支援センターの研修会にも参加できるようになるため、他の産業保健職との繋がり作りにも役立ちます。
(出典:安全衛生技術試験協会 第一種衛生管理者

作業管理士

産業保健人間工学会が認定する資格であり、生産技術・生産管理および人間工学、保健領域にまたがる幅広い知識および技能を習得し、様々な職場で作業方法や作業姿勢の指導を通した仕事の適正管理ができるエキスパートを育てる制度とされています。

人間工学の視点から作業方法や作業姿勢のアドバイスができ、肩こりや腰痛などの予防に役立ちます。理学療法士(PT)が得意とする分野と重なる部分もあり、知識のアップデートにも繋がります。
(出典:日本予防医学協会

健康経営アドバイザー

経済産業省からの委託を受けて東京商工会議所が運営する健康経営®︎に関する資格制度であり、健康経営実践へのきっかけを作る普及・推進者になることが期待されています。上級資格の健康経営エキスパートアドバイザーもあります。

企業に対して産業理学療法を実践する場合、健康経営®︎の話を抜きにして関わることはほぼ無いと考えて良いでしょう。健康経営®︎の考えを理解するための足がかりとして取得を目指す方も多いようです。

(出典:東京商工会議所 健康経営アドバイザーとは

メンタルヘルス・マネジメント検定

大阪商工会議所が実施する産業精神保健分野に関する公的資格になります。検定コースはⅠ種(マスター)、Ⅱ種(ラインケア)、Ⅲ種(セルフケア)があり、職場内での立場や役割に応じて必要なメンタルヘルスケアに関する知識や対処方法を習得する事が可能です。

メンタルヘルスケア施策に重きを置く企業も増えており、この分野の知識を有していると産業理学療法を実践するにあたり有利に働くこともあるでしょう。また、肩こりや腰痛など、いわゆる慢性痛と呼ばれる障害については心理社会的要因が強く影響することも知られているため、そういった問題に対処する際にも役立つ知識になるはずです。
(出典:大阪商工会議所 メンタルヘルス・マネジメント検定

どの資格も費用はかかりますが、取得する過程での学びも役に立ちますし、現場に出た時に肩書きとして持っておくと、他の産業保健職とのコミュニケーションを円滑に進めてくれる効果も期待できます。産業理学療法の世界に踏み出す際にはぜひ取得を目指してみてください。

6.産業理学療法士に関するよくある質問

最後に産業理学療法士に関するよくある質問についてまとめておきます。

産業理学療法士の収入面はどうですか?

収入に関して気になる方も多いと思います。これは一概にどれくらいとお伝えすることはできませんが、例えばすでに産業保健領域で実績のあるPTが企業から依頼を受けて腰痛予防や転倒予防のセミナーを行う際、その報酬は1時間あたり数万円、企業の規模によっては数十万円になることもあるそうです。

企業専従のコンサルタント業務などを行うこともあるようですが、月契約で数万円単位の契約料を支払ってもらっているとのことでした。

ただ、そのPTも産業保健領域に足を踏み入れた時には全くといっていいほど企業からは相手にされなかったようなので、こればかりは愚直に実績を積む必要があると言えるでしょう。最初はPTとして普通に勤務をしながら自分の時間を使って地道に産業保健領域での活動を行っていくことが肝要です。

産業リハビリの経験がない場合、どう準備すればいいですか?

現在産業理学療法士として活躍しているPTのほとんどが経験のないところからスタートしていると考えて良いでしょう。普通にPTとして働いていても産業保健領域に関われることまずありません。どのPTも産業保健領域に関わりたいと思って自ら行動を起こし、その行動を継続した結果、産業理学療法士としての仕事に繋がっているようです。

先述しましたが、まずはSNSなどで産業理学療法を実践しているPTにコンタクトをとって話を聞いてみるのが一番の近道です。もし応答がなければ人を変えて再度トライし、反応が返ってくるまで挑戦し続けてみてください。

実践知を積みたい場合は自施設や所属企業のスタッフ向けに腰痛予防施策などの導入を進めて見るのがオススメです。施策導入を決定するのは誰か、どうやったらOKがもらえるか、導入が決まったらどのように進めていくとスタッフが主体的に取り組んでくれるか、そのようなことを考えながら実行することが実際の産業理学療法のロールプレイに繋がります。

自分が所属するところで実践できないことは、外に出ても出来ないということを念頭に置いて動いてみると良いでしょう。最初からうまくいくとは限りませんが、諦めなければ道は少しずつ開けてくるでしょう。

7.まとめ

今回は産業理学療法士について、その役割や仕事内容、必要なスキルや魅力などについて紹介してきました。

働く人々の健康を守るために、企業や公的期間が理学療法士(PT)に寄せる期待や需要が高まってきており、開拓の可能性が十分に残されている領域でもあるため、興味を持つPTも増えてきているようです。

一方で、まだまだ認知されていない部分もあり、保険外での活動になるため、産業理学療法士として活躍したい場合はそれ相応の努力も必要になってきますが、今一歩を踏み出すと数少ない実践者として先陣を切れる可能性もあります。

少しでも挑戦してみたいという方はぜひ動き出してみてください!

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