日本理学療法士協会 会長インタビュー

“理学療法士に求められる対応力”
日本理学療法士協会会長に聞いた
理学療法士の在り方と求められるキャリア像

求職者様や事業所様とコミュニケーションを取る中で、求められる人物像や理学療法士のキャリアの考え方は、ここ10年あまりで大きく変わったように思います。

そうした変化について、日本理学療法士協会の会長である斉藤秀之氏にお話を伺いました。

「当たり前を当たり前にできること」という前向きで力強いメッセージや、理学療法士の在り方やキャリア像へのお考えは、転職サポートを行う弊社の在り方や存在意義にも繋がる点が多いように感じました。

斉藤会長の言葉で語られる、「時代によって異なる理学療法士のキャリア像」をご紹介します。

理学療法士には対応力も求められるように

―10年前と現在で変わったと思う理学療法士のキャリア像とはどのような点でしょうか。

斉藤会長:10年前は現在のような地域包括ケアシステムはなく、リハビリ職としての専門性が求められていたように思います。職人気質な理学療法士は比較的待遇が良く、転職のチャンスも豊富にありました。

そう考えると、10年前は「高い専門技術」が求められていたのに対し、現在は「高い専門技術+対応力」が求められるようになったと言えるでしょう。対応力というのは患者様はもちろん、他職種との関わり合いも含めたコミュニケーションやチーム医療の一端を担う力です。

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―専門職としての力だけではなく、より高いものを求められるようになったんですね。

嬉しいことに理学療法士の人口が増えてきましたので、採用側が選べる時代となり、良い人材は取り合いになる環境に変わりつつあります。

ただ見方を変えると、選ばれる努力が求められるようになってきているとも言えます。
10年前の成功をモデルとするのではなく、現代の需要にあった「技術+個性」を持つことが大切になってくるでしょう。
そのためには、自身の質を高めるような自己学習はもちろんですが、人材育成制度も時代にあったものに変えていく必要があると感じています。

認定理学療法士の制度改革の背景とは

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―認定理学療法士の制度が今年(2022年)の4月に変更されたと思うのですが、そうした環境の変化も影響しているのでしょうか。

理学療法士を取り巻く環境の変化はもちろんありますが、病院の経営者や国から「理学療法士の質」について指摘を受ける機会が増えたことも大きく影響しています。

理学療法士の少なかった時代では、医師や看護師から教育を受ける機会が多く、プラスαの専門的なスキルや理解を自己学習で深めるという流れが一般的でしたが、理学療法士の人口が増えるにつれて、そうした文化は少しずつ失われてしまいました。

そこから理学療法士という属性の中で教育を行う必要が出てきたのですが、もともと理学療法士同士で教え合う文化が乏しかったこともあり、教育制度の変化に現場がついていけず、技術の個人差が広まってしまったと感じています。

―自己学習の質や職場環境による技術格差のようなものが広まっていったんですね。

この状況を変えるべく、新制度では基本技術の習得や維持に注力し、技術の証明に繋がる仕組み作りを目指しました。

理学療法士協会の会員であれば職場や地域に関係なく受講できるようにし、まずは5年間で「登録理学療法士」という一人前の理学療法士としての技術を有している状況を目指せるようにしました。

加えて技術の維持という観点から、5年ごとの更新もルールとしています。資格を維持するには学び続ける必要がありますが、保有していれば現在求められるスキルを保有していると証明できます。

つまり、在住エリアやライフステージの変化に関係なく時代に合ったスキルを身に着けることができ、社会に必要とされる理学療法士としてキャリアアップに繋げられるようになりました。

―登録理学療法士の技術を習得することで、今必要な技術や知識を有していることを理学療法士の世界だけではなく、社会的に証明できるのですね。

これまでの制度は、「資格を取得してステータスを上げること」が目的となっていたので、より高い専門的なスキルの証明となる認定理学療法士の資格があり、その上に学術的な知識を証明する専門理学療法士を設けた、ピラミッド構造となっていました。

新制度では、登録理学療法士を取得し基本のベースができている上で、技術的な専門職である「認定理学療法士」と学術的な専門職である「専門理学療法士」のそれぞれの道を選択できるようにし、自身の望む方向で専門性を高められるように変更しています。

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―これまでの制度では認定理学療法士や専門理学療法士の資格を取得するハードルが高かったように感じます。新制度では、より取得しやすい環境に変わっていくのでしょうか。

まさに環境そのものを変えていくために、様々な取り組みを行っています。

上の資格を目指すためには職場の協力も必要となってきますので、まずは事業所に対して働きかけをしています。具体的には、事業所内で有資格者を増やす取り組みができる「教育機関認定」という制度の運用に向けて動いており、すでにいくつかの病院へ打診を進めています。

この教育機関に施設形態や事業形態は問わないようにしましたので、理学療法士のスキルの底上げに前向きな企業であれば、誰でも参入することが可能です。

―私たちのような企業も対象になっているんですね。

御社もぜひご検討ください(笑)

今回の制度改革により、登録・認定・専門理学療法士を有している理学療法士の価値が高まることを期待しているため、こうした教育期間を設けている事業所はブランディングに繋がり、事業所・理学療法士双方にとって魅力あるものになると考えています。

また、この認定資格を人事考課に取り入れることで、昇進や給与アップの手段となるようにし、取得を目指す理学療法士のモチベーションはもちろん、社会的な希少価値や評価を高める仕組み作りも進めています。

多職種との相互理解が重要になる

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―斉藤会長自身、理学療法士として経験を重ねてから博士課程へ進まれたご経験がおありですが、当時から技術プラスαが必要とされるとお考えだったのでしょうか。

当時は一人職場だったこともあり、有給や残業などの概念すらありませんでした。どちらかというと、そんな一般的な社会常識すら身につけていない自分に危機感を覚えた、という方が入りとしては近いかもしれません。

進学時もアカデミアと臨床を両立したいという思いはありましたが、無理に全てを100%やろうと思わずにまずは学業を優先できるよう、当時の理事長に相談していましたので、なんとか両立できていたと思います。

―当時は今以上に珍しいキャリアだったのではないでしょうか。

そうかもしれません。結果として、この時に学んだことは大きな財産になっています。特に私の研究について大学院にお勤めの医師から「斉藤さんの研究は非常に面白い、医師は理学療法士が思いつくような研究をしない」という言葉を頂いたことが印象に残っていますね。

先ほども話にありましたが、地域包括ケアシステムの広がりや理学療法士の人口が増えたことによってコミュニケーション能力が求められるようになってはいますが、それ以上に双方の関係性を良くしていくことがプラスに働くと考えています。

「医師は医師、理学療法士は理学療法士」という空気があった時代もありますが、相手の流儀を理解して自分の流儀を伝える力がとても大事であり、それによりチーム医療はより一層発展していくはずです。

理学療法士に求められる対応力

―今活躍している理学療法士の方は、スキルにプラスして何が必要になってくるのでしょうか。

「理学療法士に求められる対応力」ですね。

環境が変わろうが、対象となる患者様が変わろうが、どういう職種と一緒に仕事をしようが、理学療法の当たり前をちゃんとできることがとても大切です。

その上で、患者様を取り巻く様々な方たちの意見にしっかりと耳を傾けて、認めることは認め、言うべきことは言う、という基本を徹底してもらいたいです。

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簡単に言えることですが実はとても難しいことで、若い人にとっては特に大変に感じてしまうかもしれません。

―まずは基本を繰り返していくことが重要なんですね。

先輩方の技術の高さを目の当たりにすると、専門性を高めていきたいという気持ちはもちろん分かります。

ただ、まずは当たり前を大事にしてもらいたいと思います。

腰の痛みを例に上げると、すぐに技術にフォーカスにして痛みの解消を考えるのではなく、その腰の痛みの病名は何だろうと考えて疑問を持ち、カルテやレントゲンを見て自分なりにその原因を探り、腰痛の原因は筋肉なのか疲労なのか、椎間板の問題なのか胆石なのか、ウィメンズの病気なのか、などの判断をした上でその病気や障害の予測をし、治療プログラムを組んでいきます。

こうした経験はただ勉強をして身につけられるものではなく、誠実に取り組み続けることで精度を高められますので、理学療法士でなければできないことを増やしていくことに繋がります。

―新卒で就業した先によって、当たり前のベースに差が開くようにも感じますが、そうなると教育が焦点となるのでしょうか。

施設によって細かな教育方針には違いが出ると思いますが、先ほどの評価方法や目標設定、プログラム作成などはどの養成校でも学んでいるはずですので、卒業後も実直に行えるかどうかが分かれ道になる気がします。

卒業してからでいうと、先輩との関わり方も大事になってくると思います。

若い人はまじめな方も多いので、あらゆる知識を取り込もうと頑張りすぎて、経験者からのアドバイスを聞き過ぎてしまう節があります。

その姿勢や豊富な経験談を聞くことは大切ですが、自分に必要な知識を抜粋して自分のものにする力も最近の若い人は高いと思うので、聞いたままではなく時代に合わせて選別していくことも大切でしょう。

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―あれもこれもと焦ってしまう気持ちも分かります。。。

ベースとプロセスがしっかりとしていれば、自分のキャリアに合ったものを取り入れることで、より選択肢の幅も広がってきます。

現代はあらゆる情報が飛び交っていますが、その情報の波に溺れずに自分に良いものだけを取ることが重要です。コアになるプロセスがしっかりしていれば、特別なものがなくても理学療法士としてのオンリーワンのスキルに繋がるので、自信を持って前進してほしいと思います。

―理学療法士として必要なベースを作ることで、自信に繋がるということですね。

理学療法士はまだまだ可能性が大きいので、焦らずにじっくりと自分のベースとなる背骨を作るのに10年間は向き合った方がいいでしょう。

世の中や職場に変化が起きたとしても、その理学療法士としての概念や経験があれば軸はぶれないはずです。何か一つサブとして専門性を持つことは、その10年の後でも決して遅くはありません。

―若い方ほど早く専門性を身に着けて一人前にならないと、、、と悩む方も多いように感じます。

現在は専門の細分化がされているため、そのように悩む方も多いでしょう。もしかすると、まじめな方ほどそう感じてしまうかもしれませんね。もちろん専門性を持つことはいいですが、職業選択の幅が狭くならないように注意しなければいけません。

スキルのベースとなる背骨を作った上で、プラスワンとしての専門性は良いですが、背骨がない中で専門性の高い道へ進むと、今後その道にしか進めなくなり選択肢が狭くなってしまう懸念があります。

スペシャルな専門技術よりも基本の技術があれば、理学療法士としての活躍はできますので、背骨となるベース作りに励んでいただきたいです。

理学療法士のキャリアや活躍の場は広がっていく

―今後、臨床現場以外での児童や介護領域への進出はどのようにお考えでしょうか。

求められている領域に理学療法士が進出していくことは私自身賛成です。

今は理学療法士が専門的な職種やスキルに思えるかもしれませんが、今後は理学療法が国民に浸透し、より広く浅いベースになるものだと感じています。

将来的には病気の治療、看護のケアに+体の活動として、医師+看護師+理学療法士が3本の柱となって、国民の体づくりや健康の基本になっていくと考えています。

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―身近なものになると、これまで以上に活躍の場が広がりそうですね。

そうした意味では、プラスワンの技術として語学力はおすすめかもしれません。これから海外のマーケットシェアが増えていくことを考えると、選択肢を広げるという意味で語学力は大切な要素になります。

現場を担っている若い世代の方々は、ボーダレスに慣れていてフットワークの軽さが武器になると思います。コミュニケーションが取れるという武器もあれば、海外への進出を積極的に考えても良いかもしれません。

―児童領域や自費リハなどは理学療法士としての専門性が失われるのではと心配される方もいらっしゃいますが、どうでしょうか。

リハビリの対象者が変わるだけで、ベースとなる理学療法の基礎は同じです。児童領域であればその分野をプラスワンして勉強すればいいのです。

社会のニーズを捉えて適応出来る人、引き出しの多い人が今後はより求められていきます。相手の希望を聞かずに、自分が思ったことをそのまま提案・提供してしまうと、押しつけの医療になりかねません。

目の前の患者様の様子をしっかりと見て対話をし、相手のニーズを捉えて柔軟に対応できる力がより求められていきます。これは、どの領域であっても変わらないはずです。

―対話力へのニーズが、より高まるのでしょうか。

理学療法士は医師の指示のもとに理学療法を提供していますが、患者様や利用者様の様子を見て助言機能も行っているはずです。その機能をより強くすることで、他の領域での役割やポジションも確立されて、活躍の場が増えていくのではないでしょうか。

そのためには、当たり前がしっかりとできているプロであることが大切でしょう。

斉藤会長から理学療法士に向けて伝えたいメッセージ

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―最後に斉藤会長から理学療法士として活躍されているみなさまへのメッセージをいただけますでしょうか。

自信を持ち自分の可能性に蓋をしないこと、自分の知らない自分の能力があるかもしれないから、自分の可能性に線を引かないこと。

こうした思いを届けたいですね。

他者の意見を受け入れられることも若い人の武器であり、失敗してもそこから学びを得て挑戦できることもまた強みになります。

「今の常識は10年前にできたものだから、自分で新しい教科書を作るんだ」くらいのチャレンジ精神があっていいと思います。自分の殻に小さくまとまらず、ピンチはチャンスと捉えて積極的に動いていくことが大切です。

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斉藤会長自らのご経験を踏まえ、現代における理学療法士の在り方やキャリア像について、具体的にお話をしていただきました。

認定理学療法士の制度改正については、スキルにプラスαがあることで専門職としての成長はもちろん、自分自身のキャリアアップにもなり、認定理学療法士が在籍していることで事業所のボトムアップにも繋がるという将来を見据え、2022年4月に新制度へ変更しています。

自身の可能性を信じて前向きにチャレンジをし、当たり前を当たり前にできる理学療法士のベースとなる背骨を作れば、いくらでも道が開けることを教えていただきました。

転職を考える際に、「自分には何ができるだろうか」「将来どうなりたいのか」とお悩みになる方が多くいらっしゃいます。

転職先の条件や業務内容はもちろん大切ですが、目の前にいる理学療法士の方のキャリアビジョンを理解し、社会からのニーズを伝えながら共に未来を考えていくことが必要で、転職サポートを行う弊社の在り方や存在意義にも繋がる点が多いように感じます。